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護念山:専光寺  由緒沿革

     当寺は大永元年(1521年)廓蓮社状誉上人寛流大和尚(天文17年 1548年3月18日遷化)の開基と
     されているが天保2年(1831年)以来数度の火災にあい由緒、縁起等焼失し、詳細は不明である。

     元は黒部市内生谷にあり松倉に移り、落城後魚津城下の現在の漁港付近に、その後現在の立町(本町)に
     移ったと伝えられている。

     現存する過去帳は寛永年間(1824年)より記載されている。

     現在の伽藍は先住第33世稱誉敏雄上人代に本堂(昭和30年)、鐘楼堂(昭和49年)、山門、庫裏等住職
     並びに檀信徒の懸命の努力によって整備されたものです。

     本堂には弥陀三尊、両大師、釈迦三尊、地蔵菩薩、閻魔大王、西国三十三ヵ所観音菩薩、
     秘仏観音菩薩像等を安置檀信徒の信仰の中心と成っている。

     秘仏観音菩薩像は上杉謙信の越中攻めの為、敗北した松倉城主椎名一族の守り本尊として代々
     奉持崇敬されていたもので、落城にさいし城主椎名右衛門は尊像を家臣寺崎某に託した。

     寺崎某は尊像を奉じ山を下り、麓に堂宇を建立(現在の観音堂地区)、村の氏神として崇拝した。

     時くだりある夜の夢のお告げにより専光寺に遷仏する事となり、以後故事に習い33年目毎の御開帳を
     檀信徒と観音堂地区住民と合同で祝っている。

     最近では、平成2年10月27日・28日の両日盛大に執行され、初めて氏子総代宅で秘仏観音菩薩像
     里帰り開帳法要が営まれた。

住職 村井達英
什物として
 釈迦、文殊、普賢像 三幅社
 法然上人行状絵図 八幅
 釈迦涅槃像 一幅
 往生要集絵伝 四幅
 観経曼陀羅 一幅等